ディープインパクト号が先日亡くなりました。
私のヒーローであり、競馬をもっと深く好きになったきっかけとなった競走馬でした。
彼が無敗の三冠を達成したとき、期待と不安が入り混じったあの京都競馬場の「菊花賞」が今でも忘れられません。
菊花賞2着馬の鞍上だった横山典弘騎手の「あれでダメなら勝ち馬(ディープインパクト)が強かったとしか言いようがない…」と言っていたことが思い出されます。
三歳最後の有馬記念。クリストフ・ルメール騎手騎乗の古馬ハーツクライにしのがれて2着に敗れてしまったのは残念だったけど、やっぱり1年間の疲れが出てしまったんだよね。
翌年の四歳も現役続行となり、天皇賞(春)、宝塚記念、と圧勝し、迎えた秋のフランス遠征戦「凱旋門賞」。
ここで、
「ディープなら、やってくれる!」。
そう思っていた…。
ディープは先団に取りついた3、4番手だった。いつもと道中が違う。やはり、ディープは後方待機の「大まくり」か、「直線一気」か、だと思っていたからだった。
向かえた最後の直線。
欧州の馬場の芝の深さにスタミナを消耗したのもあったかもしれない…伸びを欠いて先頭には立てず、ゴール板を切ってしまった。
鞍上の武豊騎手も、レース後「残念です」。敗因は?と問われると、「わかりません」の一言。
後に検査で違法薬物が検出され「失格」となってしまった、この「凱旋門賞」。
しかし、ディープは慣れない土地で、しかも、はじめての馬場、戦法で、「よく頑張った」とほめてあげなくてはいけない。
フランスから帰国後、ジャパンカップから有馬記念をつかい、現役引退となることを報道で知ったと思う。
遠征から帰国の疲れを危惧されたジャパンカップも何のその。直線一気の物凄い末脚を発揮して、完勝した。
そして、現役最後の有馬記念。
圧巻だった。これが「近代日本競馬の結晶」か…と。やはり当時、現役引退は勿体ない気がしてしまった。
だがしかし、その後の種牡馬としての活躍を見れば、金子オーナーの判断は微塵もくるっていなかったことが分かる。
現役時代も種牡馬時代も、ずっとずっと活躍してきた「ディープインパクト」。
もうおつかれだったんだよね。
天国ではゆっくり休んでね。ぼくたちの、わたしたちの「ディープ」。
さようなら。
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冒険家志望のあなたへ【1話】
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